認知症を前提に考える賃貸経営と、暮らしの変化に気づく見守りのイメージ

認知症は”例外”ではない──584万人時代に、賃貸現場ができること

認知症を前提に考える賃貸経営と、暮らしの変化に気づく見守りのイメージ

「高齢の方をお迎えするのは構いません。でも、もし認知症になられたら、うちでは対応できませんから」──賃貸オーナーや管理会社の集まりで、こんな声を耳にすることがあります。

孤独死や家賃の滞納と違って、この不安は表立って語られることが多くありません。それでも入居審査の場面では、静かに、しかし確実に判断を左右しています。「何が起きるのか分からない」という漠然とした不安ほど、断る理由として強く働くものはないからです。

実はここ数年のあいだに、認知症をめぐる国の考え方と法律の仕組みが大きく動きました。本記事では、数字と制度の変化を確かめたうえで、賃貸経営の現場が実際に何をすればよいのかを整理していきます。

「認知症になったら」は、もう特別な想定ではありません

まず、数を確かめておきましょう。

厚生労働省の研究班が2024年5月に公表した調査があります。2022年時点で、65歳以上の認知症の有病率は12.3%、軽度認知障害(MCI)は15.5%でした※1。合わせると27.8%。65歳以上のおよそ4人に1人以上が、認知症またはその手前の状態にあるという計算になります。将来推計では、2040年に認知症の人が約584万人、MCIの人が約613万人と見込まれています※1

ここで身構える必要はありません、と申し添えておきます。同じ研究では、有病率そのものはむしろ下がっているという結果も示されました。2012年の前回調査で15.0%だった認知症の有病率が、12.3%へと低下しているのです※1。喫煙率の低下や生活習慣病の管理が進んだことが背景にあると考えられています。人数が増えていくのは、高齢者そのものが増えるからです。

つまり認知症は、「めったに起きない不運」ではありません。高齢の入居者を迎える以上、十分あり得る前提として数えておくべきものです。逆に言えば、前提として扱えるものには、備えようがあります。

65歳以上における認知症と軽度認知障害の割合、および将来推計を示した図解イメージ

国の方針は「隔てる」から「共に暮らす」へ

認知症をめぐる国の姿勢も、この数年で大きく変わりました。

2024年1月に認知症基本法が施行され、同年12月3日には認知症施策推進基本計画が閣議決定されています※2。この計画の柱に据えられたのが、「新しい認知症観」という考え方です。

中身は大きく2つ。ひとつは、誰もが認知症になり得ることを前提に、一人ひとりが自分ごととして理解すること。もうひとつは、認知症になってからも、できることややりたいことを持ち、住み慣れた地域で仲間とともに、希望を持って自分らしく暮らせるようにすることです※2。かつての施策が「支える側」と「支えられる側」を分ける発想に立っていたとすれば、いまの計画は、その線引き自体を引き直そうとしています。

賃貸経営の立場で読み替えると、意味ははっきりします。「住み慣れた地域で暮らし続ける」というとき、その暮らしの器になるのは、多くの場合、施設ではなく普通の住まいです。持ち家の人もいれば、賃貸住宅に住み続ける人もいる。賃貸住宅は、この方針を実際に成り立たせる舞台のひとつに数えられているわけです。

とはいえ、オーナーや管理会社に介護の担い手になれ、という話ではありません。求められているのは、専門職の役割を肩代わりすることではなく、住まいを貸す立場からできる範囲のことをする、という一点だけ。その範囲がどこまでなのかは、このあと具体的に見ていきます。

25年ぶりに変わる成年後見制度が、実務にもたらすもの

制度の面でも、賃貸実務に効く大きな変更がありました。

2026年6月17日、民法等の一部を改正する法律が成立し、同月24日に公布されました(令和8年法律第45号)※3。成年後見制度の見直しとしては、2000年の制度創設以来、およそ25年ぶりの大改正です。

改正の中心は、これまでの「後見」「保佐」「補助」という3つの類型のうち、後見と保佐を廃止して「補助」の制度に一元化する点にあります。本人にとって必要な範囲で利用できるようにする、というのが狙いです※3。現行制度が使いにくいと言われてきた理由のひとつは、いったん始めると本人の状態にかかわらず続いてしまう点にありました。権限も広く設定されがちでした。必要な範囲と期間に絞って使える形へ寄せることで、「大げさすぎるから使わない」という選択が減ると期待されています。

賃貸の現場に引きつけて考えてみます。契約の更新、家賃の支払い、退去の判断といった場面で、入居者本人の意思確認に不安が生じたとき、これまでは親族を探すか、重い制度に踏み切るかの二択に見えていました。そこに、現実的な受け皿が加わることになります。

ただし施行はまだ先で、公布から2年6か月を超えない範囲で政令が定める日とされています※3。2028年ごろが目安と見ておいてください。いまは、来るべき変化を知っておく段階です。

そしてもうひとつ、押さえておきたい性質があります。制度は、困りごとが表に出てからでないと動き出せません。誰かが「様子がおかしい」と気づいて初めて、相談も手続きも始まる。ここが、次の話につながります。

木造住宅の縁側で穏やかに新聞を読む高齢男性の写真イメージ

現場が最初に気づくのは、診断名ではなく”暮らしの変化”

日々入居者と向き合う現場では、変化はとても地味な形で現れます。

毎月きちんと振り込まれていた家賃が、数日ずれるようになる。同じ問い合わせの電話が、短いあいだに何度もかかってくる。ゴミ出しの曜日が合わなくなる。鍵をなくしたという連絡が続く。郵便受けにチラシが溜まったままになっている。どれも単体で見れば、うっかりで済む出来事ですし、実際その多くはうっかりでしょう。それでも、いくつかが重なって続いたときには、暮らしのどこかに変化が起きているサインかもしれません。

そして、そのサインに最初に触れるのは、医師でも遠方の家族でもなく、日常的に接している管理会社やオーナーであることが少なくないのです。

ここで大事なのは、こちらが診断をしないことです。「認知症ではないか」と決めつける必要はありませんし、その立場にもありません。現場の役割は、「いつもと違うことが続いている」という事実を言葉にして、適切な窓口へ渡すところまで。そこから先は専門職の仕事です。

その窓口が、市町村が設置している地域包括支援センターです※4。保健師や社会福祉士、主任ケアマネジャーなどが配置され、高齢者に関する相談を無料で受け付けています。「入居者の様子が最近少し気になる」という段階の相談で構いません。むしろ、その段階のほうが打てる手は多く残っています。家族の連絡先が分からない、本人に切り出しづらい──そうした事情も含めて、まず一度相談してみてください。オーナーが一人で抱え込まなければならない場面は、思っているよりずっと少ないはずです。

「監視」ではなく、暮らしのリズムを知るということ

とはいえ、変化に気づくには、そもそも接点が要ります。

一人暮らしの高齢入居者と管理会社が顔を合わせるのは、年に数回あるかどうか。家賃が口座振替であれば、何年も会わないまま過ぎることさえあります。「気づいてつなぐ」と言葉にするのは簡単ですが、気づくきっかけが日常のどこにもない、というのが現場の正直なところではないでしょうか。

そこで手がかりになるのが、部屋の空気から暮らしの様子を捉える見守りです。日伸貿易株式会社の「デナリ・コネレーション」は、人の呼吸で増えるCO2(二酸化炭素)の変化から、入居者の在室・不在や安否をゆるやかに把握します。カメラも音声も使わず、映像も音も記録しません。工事もWi-Fiも不要で、コンセントに挿すだけで使い始められます。

見えるのは、暮らしのリズムだけです。いつも在宅している時間帯に反応がない。ここ数日の外出の様子が、どうもいつもと違う。そうした引っかかりが、「そういえば先月の家賃も遅れていた」と現場の記憶をつなぎ合わせるきっかけになります。念のため申し添えると、これは認知症を判定する装置ではありません。空気の変化から分かるのは、あくまで生活のリズムです。それでも、年に数回の接点しかなかった関係に日々の手がかりが加わる意味は、決して小さくないでしょう。

そして何より、反応がないときに「お変わりありませんか」と一声かける、そのやりとり自体が、入居者にとっては気にかけてもらえているという実感になります。監視ではなく、つながりとしての見守り。認知症という言葉を持ち出さなくても、日常のやりとりの中で自然に様子を知ることができるのです。

コンセントに設置されたCO2見守りセンサーと、部屋で穏やかに過ごす高齢女性の写真イメージ

「対応できない」から「気づける」へ

全国の賃貸住宅管理会社632社に、単身高齢者の入居で課題だと感じることを尋ねた調査があります。最も多かったのは「孤独死」で84.0%、続いて「事故物件化」が38.4%、退去時の「残置物処理」が37.0%でした※5

並べてみると、いずれも「起きたこと」への心配であると同時に、「気づけないまま時間が過ぎること」への心配でもあると分かります。孤独死が重い問題になるのも、事故物件化や残置物の処理が難しくなるのも、多くは発見の遅れが引き金になるからです。

認知症についても、構図はよく似ています。恐れられているのは認知症そのものというより、部屋の中で何が起きているか分からないまま事態が進んでいくことでしょう。であれば、打つべき手は「断る」ではなく、「気づける状態をつくる」ほうにあります。

気づける体制があれば、受け入れられる入居者の層は広がります。これまで書類の段階で見送っていた申し込みに、「この物件なら大丈夫」と答えられるようになる。募集をかけられる相手が増えるということは、そのまま空室を埋める力になります。断って間口を狭める経営と、備えて間口を広げる経営。5年後にどちらが強いかは、考えるまでもないのではないでしょうか。

認知症は、避けられるかどうかの問題から、来ることを前提にどう構えるかの問題へと変わりました。国の方針も、法律の仕組みも、その方向に動いています。「対応できないから断る」ではなく、「気づけるから受け入れられる」へ。あなたの物件は、どちらの構えで次の入居者を迎えますか。

出典一覧

  • ※1 厚生労働省 研究班(九州大学 二宮利治教授)「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(2024年5月8日 第2回認知症施策推進関係者会議で公表)|発表ページ
  • ※2 内閣官房 認知症施策推進本部「認知症施策推進基本計画」(2024年12月3日閣議決定)|発表ページ
  • ※3 法務省「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)(令和8年法律第45号・2026年6月17日成立/6月24日公布)|発表ページ
  • ※4 厚生労働省「地域包括ケアシステム」(地域包括支援センターの概要)|発表ページ
  • ※5 アットホーム株式会社「高齢者の賃貸居住に関する調査」(2026年6月公表・2026年2月調査/全国の賃貸住宅管理会社632社)|発表ページ

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